2007年12月28日

●クリスマス再考

もう、クリスマス気分はすっかりぬぐい去られてしまいましたね。
いわゆる年末。お正月までカウントダウン。

最近思うのですが、日本の12月~1月までの行事スケジュールって
なんかおかしくないですか?忘年会~クリスマス~大掃除~お正月~と、せわしない。
しかもクリスマスがいつしか年間のメイン行事にのし上がってきたので、
クリスマスを終えると一週間でお正月という2大メイン行事がやってきてしまうと。
メイン行事は後先一週間、期待やら準備やら余韻やらが続いていいくらいだと思うのになー。

…と、報告が遅くなったことのいいわけ。(笑)

自分はクリスマスは一番仲のいい友達と集まって家で食事をする日になっています。
そのディナー。


みんなで一品ずつ作って持ち寄りました。おいしかったー。

さ、次は大掃除・正月の準備。あー、やっぱり師走。
このときばかりはよんなーよんなーしてられませんか。
いやいや、こんな時こそ、焦らずたゆまず、手を動かしていきましょう。
気合いを入れてよんなーよんなー。(笑)  
Posted by 青陶舎 工房主 青柳 at 12:31Comments(0)TrackBack(0)

2007年12月20日

○ダメの日

昨日は訳のわからない夢の話をアップしてしまいましたが。
最近は夢が充実しています。
その前の日は「エナダという土地に行け」という命令がリピートする夢でした。
必ず「苗田ですか?」「いやエナダだ。」という会話で始まり、
その土地に向かって歩いていたり、インターネットで検索していたり、
土地に詳しそうな仕事関連の人に聞き込みをしていたりといういろいろな場面を
一晩中繰り返し見ていたので、朝起きたときにはぐったりしていました。
(どなたかエナダって地名ご存じですか?)
これもヘンですね。

***************

だけど、夢が充実してくるのは、実は現実と自分が乖離し始めている兆候です。
案の定、この数日「ダメの日」がやってきました。

「ダメの日」というのは自分が勝手につけた名前ですが、名付けてだいぶ楽になりました。

高校生の頃からだったかな。
ある日ふといつもやっている毎日をやめてしまいたくなる気持ちが抑えられなくなって、
ふらーっとしてしまう時期が来るようになったのです。
最初は気づきにくく、あれー?調子悪いかなー?集中力無いぞー、どうしたー?という感じで。
そのうち、イヤかな、イヤだよ、イヤだね。イヤなんだー。と気持ちがはっきりしてきて。
そしていろいろほったらかして2,3日ぽーっとしながらダメにつきあってあげると、
すっかり治る、というサイクル。

若い頃はこのサイクルも知らなかったので、焦って格闘していましたが、
次第に、どうも春、秋一回ずつ程度必ず来るらしいこと、また必ず治り、
すっかり復帰すること、などがわかるようになってきて、生活のサイクルに取り込むようになりました。


そして、今回の「ダメの日」でまた少し、わかってきました。
どうも、これは、自分が「自分」であることを振り落とす作業のようだと。
自分は自分を「陶芸を志す人」「貧乏だけどなんとかやってのける人」
「だらしない面もあるけれども人としての最低限は守る人」
「大切な何かに向かっている人」「とても大切な人とくらす人」
と、形作ろうと日々努力しているのですが(…そのはずなのですが)、
そういう自分が作った「自分」から漏れてしまった自分たちが一斉に
寝返りを打とうとする時期なのではないかな、と感じました。

いつも車で通り抜けている小路なのに、
下校時の小学生とすれ違って、そのランドセルの重さが肩に届いてきたり。
小路に面した庭の木々の花が不思議になって見上げる気持ちが蘇ってきたり。
草や木や空が、いつもより身近な存在として目の前に立ちはだかる。
しかし、それはただの親しさというのともまた違う、うちに力を込めた
威圧感を持ってそこにいる。

そんな景色が見えました。

ダメの日の最後は必ず行ったことのない場所を歩いて不安になった後、
いつもの町に帰ってきて終わります。

「ダメの日」も捨てたもんではないかなー、と思い直しました。
「ダメ」でつぶしてしまった予定はまた、ゆっくりと始めていけばいいですよね。
こういう揺れ幅も含めた生き方もいいのでは。
よんなーよんなー。  
Posted by 青陶舎 工房主 青柳 at 04:19Comments(2)TrackBack(0)

2007年12月19日

○思ひの茸

復活したのではありますが。またまた御無沙汰をしております。。。
新作紹介をもくろんでおりますが、ちょっと手間取っていますので、
最近見た夢の話を一席。

○思ひの茸(なぜかタイトル付き)

夢の中で大掃除。押入を整理していました。
すると大きめの新聞紙の紙包みが幾つか見つかりました。
そうっと開けてみると、中には訳のわからないキノコがびっしりと。
「うへー」と息をのんで捨ててしまおうとすると
そこに白髪白髭作務衣姿の師匠(この人は不明)が背後から忍び寄り、
「これこれ。それは昔から「おもひの茸」と呼ばれるものじゃよ。
平安の貴族はこれを元にして歌を詠んだものじゃ。」と、
歌を紹介してくれました。

「来ぬ人を思ふ涙に堰(せ)く床(とこ)の思ひのたけを君に見せまし」

(来てくれないあなたを思う涙が溢れる私の寝床には
おもひの茸が生えてしまいました。その思いの丈をあなたに見せたいものです。)

さすが師匠、博識。いにしへの人はみやびですな。と、
新聞紙をそっと包み直して押入の奥に戻しました。

…という夢だったのですが。

どう考えても、自分が流した涙で寝床にキノコが生えたなんて
気持ち悪い和歌を平安貴族が読むはずありません。少しも雅じゃないです。
なんで夢の中の自分はこんな内容に納得したのでしょうか。

でも、寝ながらにして、謎の掛詞入りの和歌を詠んでしまう自分にもちょっと感動しました。

ちなみに「おもひの茸」なんてキノコは実在しませんよ。念のため。
お後がよろしいようで。(?)

よんなーよんなー。  
Posted by 青陶舎 工房主 青柳 at 04:16Comments(3)TrackBack(0)