2007年12月20日
○ダメの日
昨日は訳のわからない夢の話をアップしてしまいましたが。
最近は夢が充実しています。
その前の日は「エナダという土地に行け」という命令がリピートする夢でした。
必ず「苗田ですか?」「いやエナダだ。」という会話で始まり、
その土地に向かって歩いていたり、インターネットで検索していたり、
土地に詳しそうな仕事関連の人に聞き込みをしていたりといういろいろな場面を
一晩中繰り返し見ていたので、朝起きたときにはぐったりしていました。
(どなたかエナダって地名ご存じですか?)
これもヘンですね。
***************
だけど、夢が充実してくるのは、実は現実と自分が乖離し始めている兆候です。
案の定、この数日「ダメの日」がやってきました。
「ダメの日」というのは自分が勝手につけた名前ですが、名付けてだいぶ楽になりました。
高校生の頃からだったかな。
ある日ふといつもやっている毎日をやめてしまいたくなる気持ちが抑えられなくなって、
ふらーっとしてしまう時期が来るようになったのです。
最初は気づきにくく、あれー?調子悪いかなー?集中力無いぞー、どうしたー?という感じで。
そのうち、イヤかな、イヤだよ、イヤだね。イヤなんだー。と気持ちがはっきりしてきて。
そしていろいろほったらかして2,3日ぽーっとしながらダメにつきあってあげると、
すっかり治る、というサイクル。
若い頃はこのサイクルも知らなかったので、焦って格闘していましたが、
次第に、どうも春、秋一回ずつ程度必ず来るらしいこと、また必ず治り、
すっかり復帰すること、などがわかるようになってきて、生活のサイクルに取り込むようになりました。
そして、今回の「ダメの日」でまた少し、わかってきました。
どうも、これは、自分が「自分」であることを振り落とす作業のようだと。
自分は自分を「陶芸を志す人」「貧乏だけどなんとかやってのける人」
「だらしない面もあるけれども人としての最低限は守る人」
「大切な何かに向かっている人」「とても大切な人とくらす人」
と、形作ろうと日々努力しているのですが(…そのはずなのですが)、
そういう自分が作った「自分」から漏れてしまった自分たちが一斉に
寝返りを打とうとする時期なのではないかな、と感じました。
いつも車で通り抜けている小路なのに、
下校時の小学生とすれ違って、そのランドセルの重さが肩に届いてきたり。
小路に面した庭の木々の花が不思議になって見上げる気持ちが蘇ってきたり。
草や木や空が、いつもより身近な存在として目の前に立ちはだかる。
しかし、それはただの親しさというのともまた違う、うちに力を込めた
威圧感を持ってそこにいる。
そんな景色が見えました。
ダメの日の最後は必ず行ったことのない場所を歩いて不安になった後、
いつもの町に帰ってきて終わります。
「ダメの日」も捨てたもんではないかなー、と思い直しました。
「ダメ」でつぶしてしまった予定はまた、ゆっくりと始めていけばいいですよね。
こういう揺れ幅も含めた生き方もいいのでは。
よんなーよんなー。
最近は夢が充実しています。
その前の日は「エナダという土地に行け」という命令がリピートする夢でした。
必ず「苗田ですか?」「いやエナダだ。」という会話で始まり、
その土地に向かって歩いていたり、インターネットで検索していたり、
土地に詳しそうな仕事関連の人に聞き込みをしていたりといういろいろな場面を
一晩中繰り返し見ていたので、朝起きたときにはぐったりしていました。
(どなたかエナダって地名ご存じですか?)
これもヘンですね。
***************
だけど、夢が充実してくるのは、実は現実と自分が乖離し始めている兆候です。
案の定、この数日「ダメの日」がやってきました。
「ダメの日」というのは自分が勝手につけた名前ですが、名付けてだいぶ楽になりました。
高校生の頃からだったかな。
ある日ふといつもやっている毎日をやめてしまいたくなる気持ちが抑えられなくなって、
ふらーっとしてしまう時期が来るようになったのです。
最初は気づきにくく、あれー?調子悪いかなー?集中力無いぞー、どうしたー?という感じで。
そのうち、イヤかな、イヤだよ、イヤだね。イヤなんだー。と気持ちがはっきりしてきて。
そしていろいろほったらかして2,3日ぽーっとしながらダメにつきあってあげると、
すっかり治る、というサイクル。
若い頃はこのサイクルも知らなかったので、焦って格闘していましたが、
次第に、どうも春、秋一回ずつ程度必ず来るらしいこと、また必ず治り、
すっかり復帰すること、などがわかるようになってきて、生活のサイクルに取り込むようになりました。
そして、今回の「ダメの日」でまた少し、わかってきました。
どうも、これは、自分が「自分」であることを振り落とす作業のようだと。
自分は自分を「陶芸を志す人」「貧乏だけどなんとかやってのける人」
「だらしない面もあるけれども人としての最低限は守る人」
「大切な何かに向かっている人」「とても大切な人とくらす人」
と、形作ろうと日々努力しているのですが(…そのはずなのですが)、
そういう自分が作った「自分」から漏れてしまった自分たちが一斉に
寝返りを打とうとする時期なのではないかな、と感じました。
いつも車で通り抜けている小路なのに、
下校時の小学生とすれ違って、そのランドセルの重さが肩に届いてきたり。
小路に面した庭の木々の花が不思議になって見上げる気持ちが蘇ってきたり。
草や木や空が、いつもより身近な存在として目の前に立ちはだかる。
しかし、それはただの親しさというのともまた違う、うちに力を込めた
威圧感を持ってそこにいる。
そんな景色が見えました。
ダメの日の最後は必ず行ったことのない場所を歩いて不安になった後、
いつもの町に帰ってきて終わります。
「ダメの日」も捨てたもんではないかなー、と思い直しました。
「ダメ」でつぶしてしまった予定はまた、ゆっくりと始めていけばいいですよね。
こういう揺れ幅も含めた生き方もいいのでは。
よんなーよんなー。
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この記事へのコメント
さまよってるか、合わせ鏡で、もう一人の自分とちゃんと向き合おうとしてる人に感じました。
私もダメな日がやってきます。だけど、どうやってのりきってるか分りません。
たまに、「亀山湖」に行って、
子供を遊ばせながら、ぼーーとするくらいです。
みんながみんな同じ物差しではないことも、自分の物差しを、
人に押し当ててはいけないなといつも思いながら、
うわべだけの会話になることも、しばしばです。
ですが、すぐ見破られます(^_^;)
「面白い人だね・・」と突然の告白(*^_^*)素直が一番ですね♪
私もダメな日がやってきます。だけど、どうやってのりきってるか分りません。
たまに、「亀山湖」に行って、
子供を遊ばせながら、ぼーーとするくらいです。
みんながみんな同じ物差しではないことも、自分の物差しを、
人に押し当ててはいけないなといつも思いながら、
うわべだけの会話になることも、しばしばです。
ですが、すぐ見破られます(^_^;)
「面白い人だね・・」と突然の告白(*^_^*)素直が一番ですね♪
Posted by ひまわり at 2007年12月21日 09:06
>ひまわりさん
こういう部分にきちんと対応してくれるところ、
昔から大好きです。
子供たちの幸せそうな笑顔が目に浮かびます。
たくさんのいいことに
これからまた巡り会いますように。
メリークリスマス。
こういう部分にきちんと対応してくれるところ、
昔から大好きです。
子供たちの幸せそうな笑顔が目に浮かびます。
たくさんのいいことに
これからまた巡り会いますように。
メリークリスマス。
Posted by 青陶舎亭主より at 2007年12月25日 00:14



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