2008年09月01日

◎ 砂に命を吹き込む人。(Youtube)

前回youtubeの書の達人を紹介しましたが、
またまた素晴らしい達人を見つけたので紹介。
sandanimation(砂のアニメーション)というアート。
砂を用いて影絵のような画面を創り出していく技法です。
最初、「これはアニメーションとは違うじゃん」
と思ったのですが、アニメート(animate)という言葉はそもそも「命を吹き込む」という語源。
作者の手指が次々と砂の造形を変化させて新しい生命を創り出していくのを見るうちに、これぞ、まさしくアニメーション、と思い直しました。








私はこういう技法があることを知らなかったのですが、
改めてこの技法の名前で検索してみると世界各地に携わっている方がいるみたいですね。
世界は広い。そして素晴らしい。

その中でもこの方Ferenc Cako(フェレンツ・ツァコ)さんの作品が一番インスピレーションに富んでいて美しい。
心の琴線がふるえるというのかな。命のありかを教えてくれるような。








水で書を書く人。砂で絵を書く人。
一瞬で消えていくものの中に、生命が輝くこと。
私たちの人生もそういうものなので、
心が共感するのでしょうか。

そんな気持ちで
よんなーよんなー。
思いを新たにして、よんなーよんなー。

  

Posted by 青陶舎 工房主 青柳 at 00:10Comments(2)TrackBack(0)◎あれこれ

2008年08月26日

△独り稽古は続く。&路上の達人。

あいかわらずに書の独り稽古は続いております。
そしてあいかわらず苦闘。
今苦闘しているのはこの字。





門構えの縦画が難しくてですね。
この部分ばかりを半紙一杯に何枚書いたことか。
練習では「おっっ!!こんな生きた線が書けたっ!」と思うこともあるのですが、ではいざ清書、となると何故かそれなりの凡庸な仕上がりに。…まだまだ修行は続きます。
でも、余白をだんだん活かせるようになってきました。


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練習途上のものばかりをお見せするのも失礼ですので、
胸の中がうれしくなる名人の動画を。Youtubeで見つけた書の達人。



中国。路に水で書をしたためる達人。
このおじさんの所作はさりげなーいのに、できあがる字がすごい所が気に入っております。石畳のブロックを升目にしているのも微笑ましい。

でも水なので数分後には乾いて消えてしまいます。
遺すことではなく、書くことが目的なんですね。
さすが、4千年の歴史の国。(オリンピックでは5千年の歴史になってませんでした?)

自分もいつかこんな感じの名人になりたいと思います。


では、皆さん、
加油(じぁよぅ)!加油(じぁよぅ)!。。。あ、違った、


よんなー、よんなー。(急に肩の力が抜けてきます。いい感じ。)

  

Posted by 青陶舎 工房主 青柳 at 21:49Comments(0)TrackBack(0)△書の道

2008年08月18日

◎伊万里の雑貨屋さん。のHP作りの夏休み。


今週一週間は、夏休みと言う贅沢な時間だったのですが、友人のお店のHP作成をしているうちにあっという間に終わってしまいました。結局完成はしなかったのですが、(はらほーさんには本当に申し訳ない)年内には形にしあげよう、と心に誓っています。

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 友人が昨年始めた雑貨屋は「青緑」。ちょっと不思議な名前。
場所は九州佐賀県の伊万里、彼女のふるさと。
ちょっと遠いので、今まで一度も訪れたことが無く、どんなものを扱っているのかわからなかったのですが、先日BLOGを始めていると教えてもらい見てみました。

これが、いい。
品揃えがおもしろい。味がある。

こういうものをこんな風に揃えるのは、一朝一夕ではできないぞ、と。
品揃えの中にさりげなく人生観がにじみでていて、いろいろな品物をみているだけでそのまま、その店主と会話をしているような気にさせられます。

失礼ですが、自分は雑貨屋というのは「かわいー」とか「すてきー」とか、その場の気分で成り立つお店だと思っておりました。でも、生き方をそっと映しこんだ雑貨屋というのもあるのだなぁ、とおおいに刺激を受けました。品揃えも素晴らしかったけど、それを長年かけて作り出した彼女の心意気もまたおおいに感じ入り。
 
皆さんもちょっと覗いてみてください。
BLOGをめくっていくだけで、モノの表情が溢れてきて楽しいですよ。


「青緑」http://bluverde.blog113.fc2.com/


 ま、ちょっと宣伝めいてますが、自分はいいものをいいと紹介する宣伝はしますが、金儲けのための宣伝はしないつもりですので。

 彼女のお店もよんなーよんなー、成長していってくれるといいなぁ。



かわいいですね。「青緑」のラインナップから。

  

Posted by 青陶舎 工房主 青柳 at 01:48Comments(3)TrackBack(0)◎あれこれ

2008年08月16日

○空行く月の巡り逢ふまで

  巡り逢ひて見しやそれとも分かぬ間に雲隠れにし夜半の月かな


という『百人一首』の和歌をご存知ですか。『源氏物語』で有名な紫式部の歌。歌の意味は、


―――巡り巡って「あの時の月と同じ」と確かめる間もなく雲に隠れてしまった真夜中の月。
―――その月は、せっかく逢えたのに、懐かしむ間もなく別れてしまった懐かしい友達の面影。


友達云々は歌の中には一切出てこないのですが、詞書(ことばがき)という解説付きの歌なので、そこに「友達と出逢ったのにすぐ別れてしまったので詠んだ」と書いてあり、単に月の景色を歌ったわけではないと分かるようになっています。

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今日は自分もそんな再会をしてきました。
高校時代の親友たちと会食を。

きっと話は尽きないだろうと期待しつつ赴いたのですが、
みなそれぞれに事情があり、意外に早くあっさりと解散してきてしまいました。

高校時代は語り合っているうちにいつしか朝になってしまった、
なんてのを度々やらかしていましたが、
20年も経つと、もう、そんな年齢ではないのかな。
・・・ま、夜通し語るだろうとは思ってはいませんでしたが。

ただ年を取って元気が薄れたとか言うのではなく、
みな健康上、仕事上、生活上、それぞれシリアスな問題を抱え始め、
自分の楽しい時間にたっぷりと浸る余裕はないのかな、という様子。
40歳になりましたから。そういう年代なのですね。
みなそれぞれの一人の力で日本を支えてます。

それぞれに責任もって踏ん張っていこう、というエールを
心の中で送りながら帰途につきました。




帰り道の途中。自転車と月。




今日はうーくいだったんですね。
道理で月がきれいなはずだ。

沖縄の夜はエイサーどんどんちむどんどん、しているだろうなぁ。



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もう一つ、月の和歌。


  忘るなよ程はくもゐになりぬとも空行く月の巡り逢ふまで

----忘れるなよ。距離は空のかなたになってしまっても。空行く月が再び元の姿、位置
に戻るように。
   我らも再び今と同じにまた巡り逢うまでは。-----


これは『伊勢物語』。
主人公が京都から関東に下るとき、見送りの友達たちに詠んだ歌。

空行く月の巡り逢うまで。
よんなーよんなー。  

Posted by 青陶舎 工房主 青柳 at 03:46Comments(0)TrackBack(0)○まいにち

2008年08月07日

△ 西城ヒデキ。之お陰。 歐陽詢という人の字。

タイトル前半には意味はありませんが。
「西城之陰」
この字をあいかわらず練習しておるのですが、最初の「西」の文字がどうにもうまくいかず、なんとかうまくいっても二文字目の「城」でつまづき、ずっと「西城、西城・・・」と練習していたら、「ヒデキカンゲキ」のフレーズのループが頭にやってきてしまいまして。・・・この夏も暑いですね。







この歐陽詢という人の字、きりりと鋭く、ひきしまった緊張感が持ち味。かといって冷たく荒んだところはなく、線の細部には滋味が宿っていて、均整の取れた美しさがあります。
スポーツで言えば、着水するまでの一瞬を完璧に制御する水泳の飛び込みのような。
人で言えば、高徳を積む研鑽を日々怠らない文人志士のような。
 ・・・というところまでは頭ではこんなにもわかっているのですが、では、実際にそれを自分の手で表現するとなると全然わかっていません。特に鋭さの中に滋味を込めるというのが、なかなか、難しいです。



わかっているのにできない。だいたい世の中の全ての技というものはそういうことだと思うのですが、その技が欲しければ欲しいほど、現実とのギャップに苛立ってしまいますね。めげずに一つ一つを練習して体得して行こうと思います。これだってよんなーよんなーです。よんなーよんなー。







いかがでしょうか。前回のものよりも線質はずっとよくなったと思います。(いつもながら我ながらのコメント)
でも字の配置が「お習字」から抜け出せませんね。広々とした余白を小さ目の字で支配するということがまだできません。

  

Posted by 青陶舎 工房主 青柳 at 02:52Comments(2)TrackBack(0)△書の道